こんにちは。ICB事務局です。

昨日、国連通貨基金(IMF)が最新の「世界経済見通し」(World Economic Outlook Database:WEO)を発表しました。

その内容について、IMFチーフエコノミストのGita Gopinath博士はロイター通信のインタビューに対し「新型コロナウイルス感染防止のための大規模ロックダウンを受け、ここ約100年で最も深刻景気後退に陥ると予測する」という衝撃的なコメントを発しました。

しかしながら、過去の歴史において明けないパンデミックもリセッションもありません。

メルマガ会員の皆様にはご自愛頂きながら、希望を強く保って頂きたいとスタッフ一同願っております

ICBコラムVol.2をお届け致します。

今回のライターである柏木理事は、冒頭に紹介したIMFの日本代表理事を務めておりました。

是非ご覧ください。

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100年前からのメッセージ

新型コロナウィルスのお蔭で生活が激変してしまった。セミ・リタイアの立場なので日々出勤の必要はないが、昼夜問わず予定がすべてキャンセルとなり、毎日自宅蟄居状態が続いている。

しかし、悪いことばかりではない。我が家の場合、父が15年前に、母が2年前にそれぞれ亡くなり、彼らの遺したアルバムや資料等をようやく整理する時間が出来た。そうした中、思いがけない発見があった。

「正平のこと」と題して父が自分の弟のことを書いた手書きの原稿である。いつ何のためのものか分からず、自分のための備忘録だったかもしれない。父には2歳下の弟がいたが、幼くして病気で亡くなったということ以外は知らなかった。原稿を読んで驚いたのは正平の死因が当時流行ったスペイン風邪であったということである。

父は、父の父(すなわち私の祖父)の勤務の関係で1917年に大連で生まれ、その後1920年から10年間をニューヨークで過ごした我が国帰国子女の第一世代である。正平は1919年に生まれ、1921年ニューヨークで短い生涯を終えた。まず父が肺炎に罹り、それが幼い弟に伝染し、二人とも同じ部屋に寝かされていたが、ある朝、目を覚ますと弟がいなかったと父は書いている。父の全快後、父の母が優しく「正平は天国に行ったのよ」と教えてくれ、その後、柏木家では正平の話は一切せず、写真もほとんど捨てられてしまったらしい。

正平の死因がスペイン風邪であったという点は父自身が書いており、おそらく正しいのであろう。資料によれば、当時の世界人口の約3分の1が感染し、数千万人が亡くなったと言われるスペイン風邪の最盛期は1918年から1920年とされているが、第二波、第三波にやられたのだろう。

思いがけない発見をきっかけに、今まで気にも留めていなかった正平さんの数少ない写真を探し出し、じっくり見て見た。利発そうな凛々しいお顔である。優しい目で100年後の自分の親戚に何らかのメッセージを伝えるためにタイミング良く登場されたとしか思えない。

今の世の中は、100年前とは様変わりである。ニューヨークに赴任するのに数週間かかったという話を筆頭に、運輸通信技術の進歩、医療体制・技術の発展、グローバリゼーションの進展等、枚挙にいとまがない。しかし、今日、我々は100年前と同じ状況に立たされているとの事実に愕然とする。正平さんから「しっかりしろよ。頑張れよ。」とのメッセージが聞こえてくるような気になる。

コロナ騒ぎそのものはいずれ終息するとしても、コロナ後の世界秩序は大きく変わっていくのであろう。グローバリゼーションや民主主義も危機に晒されるだろうという識者も出て来た。当面は国境管理が厳格化され、人やモノの行き来も制限されるだろう。対面の会議は少なくなり、Virtualな会議にとって代わられる。握手やハグの挨拶もお辞儀に代わるかもしれない。
しかし、グローバル化の動きが逆転することは無く、世界的視野で物事を見る必要性は一層高まるであろう。しかも、既成の概念、政府の考え方等に捕らわれず、個々人が自らの考えを持ち、それぞれが自主的に、積極的に行動していくことが今以上に求められる世界となるであろう。我が国はこのような世界でどのように生き残っていくのだろうか?

将来に対して過度に悲観することなく、我々一人ひとりが何をなすべきか、前向きに考えていきたいと思う。そのためにICBとして何が出来るか、皆さんとともに知恵を出し合っていきましょう。100年後の自分たちの子孫に何を残せるか、そのために何をなすべきかについて。

ICB理事
柏木茂雄