Vol. 3 「国際機関で働くということ」石井久哉 様

今回は、これまで国際機関で豊富な勤務経験をお持ちの石井久哉さんからお寄せいただいたコラムを掲載します。
石井さんは日系の保険会社に在勤中いくつかの国際機関に出向する経験を得られた後、会社を退職され国際連合監査部の監査役として5年8カ月の間、アフリカおよび中東の現地事務所での監査業務をリードしてこられた方です。
この度、石井さんがご自身の経験をまとめられた論考が外務省国際機関人事センターのウェブサイトに掲載(https://www.mofa-irc.go.jp/work/japanese_kiko.html)されましたので、そこに書かれたポイントを3点にまとめたものを寄稿して頂きました。国際機関で働くことを目指している方々にとって大変参考になる内容であると思われるので是非ご一読ください。

国際機関で働くということ

石井久哉

私は、国際機関で活躍する日本人が少しでも増えることを願っており、そのために少しでもお役に立ちたいという観点から、国際機関で働くことに興味と関心のある方々に私自身のこれまでの経験をお伝えすることを目的としてこの原稿を書いています。私が強調してお伝えしたい点は以下の3点です。

1.国際機関で働くことを目指すのに遅過ぎるということは決してない

筆者が競争試験を経て国連監査部に採用されたのは59歳の時です。監査部に採用されるために必要不可欠な公認会計士(筆者の場合は、米国公認会計士)の資格を取得したのは53歳の時でした。また、社会人になった時点では、海外渡航歴は全くなく、英会話もできませんでした。社会人生活は学生時代よりはるかに長く、オンザジョブトレーニングも含め、自己研鑽する時間は充分あります。
国際機関で働く上で大前提になるのは専門的なスキル(知識や技能)です。国際機関では理系(環境、都市計画、建築、インフラ、防災、エネルギー、工学、理学、農学、医学、薬学、保健、栄養など)の専門性が広く求められています。現在、国内においてこうした分野ですでに活躍しておられる方々は有望です。また、文系も、教育、経理、法律、人事などの専門性が求められています。教育を例に挙げると、ユネスコやユニセフは教育分野の専門性を求めていますが、これら機関のリクルートに関するウェブサイトや職員の経験談を読むことによって、教育分野の中でも特に何が求められているのかを把握し、自分の強みを一層強化し、不足している点を補強していく努力が求められます。
専門的なスキルの次に必要になるのが語学力で、専門的なスキルを外国語(多くの場合は英語)で発揮できる必要があります。語学力の点で本当に大切なのは、「ペラペラしゃべる」ことではなく、「きっちり書く」能力です。国際機関は巨大な官僚組織であり、官僚組織の中で生き抜くためには文書作成能力は欠かせません。日常の電子メールも含め「きっちり書く」練習をしましょう。

2.国際機関で働くという道は決して遠いものではない

競争試験の倍率は数百倍になることが通常ですが、国際公務員になるためのルートは競争試験に限られません。
例えば、日本など拠出金割合に比べて職員の数が少ない国に対しては、実務経験があり即戦力となり得る専門家を求めて国際機関の人事担当官が採用ミッションとして来日することがあります。外務省国際機関人事センターのウェブサイトやフェイスブックをチェックしていると採用ミッションの来日予定や時期が分かりますので、注意して見ていると良いでしょう。
また、JPO(ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー)派遣制度といって、各国政府の費用負担を条件に国際機関が若手人材を受け入れる制度があります。国連及びその関連機関に勤める邦人職員のうちの大多数がJPOを経由しています。各国政府が給与などを負担して、国際機関に原則2年間派遣され、その後7割程度の人が正規職員として採用されます。自動的に国際機関の正規職員となることが保証されているわけではないので、派遣期間終了後に正規職員となるためには、通常の手続きに従って空席ポストに応募して採用される必要があります。JPO試験は、日本では外務省が行っています。詳細については同省の国際機関人事センターのウェブサイトをご参照下さい。JPO試験の競争相手は日本人に限られ、倍率は7倍程度です。試験は35歳になるまで何度でもチャレンジできます。ただし、修士号が必要です(競争試験や採用ミッションの場合、修士号は必ずしも必須ではありません)。
採用について、特に理科系の女性には大きなチャンスがあります。前述したように、国際機関では理系の専門性が広く求められています。また、どの国際機関も職員に占める女性の比率を上げようとしています。栄養士や保健師の資格を活かして国際機関で活躍している邦人女性もおられます。

3.日本人のコンピテンシーは国際機関で十分通用する

 我が国の公務員や会社員の多くはグローバル人材として国際機関職員に求められるコンピテンシー(特定の組織や職務領域において高い業績や成果を発揮するために必要な行動特性)の多くを既に具備しています。我が国の人材の多くは、職業的な規律(integrity)や倫理(ethics)の点で抜きん出ていて、決して手を抜かず、周到な準備を早くから始め、報告・連絡・相談をマメに行い、チームワークを重んじ、精緻なプロダクトを仕上げてタイムリーに提出します。したがって、日本人らしく仕事をすれば必ず高く評価されます。
しかしながら、国際機関の職場において多国籍の集団として働く場合、自分が率いるチームのメンバー全てに日本人と同等レベルのコンピテンシーを期待できない場合もあることを認識し、場合によっては自らのコンピテンシーに修正を加える必要もあります。例えば、コミュニケーションの点では、日本的な阿吽の呼吸は通じないので「何を求めているのか」、「何が気に入らないのか、何が欠けているのか」を明確にする必要があります。また、チームワークの点ではメンバーに対して「何が欠けているのか」をはっきり伝えた後でのフォローアップが必要であり、いざとなったらチームメンバーの担当領域を自分が全て引き取るという覚悟と準備ができている必要もあります。
国際機関、特にグローバル・ルールを定める国際機関のトップのポストを獲得することは我が国の国益にとって非常に重要な課題です。しかし、国際機関のマネジメントには独特の大局観が必要とされます。有力な候補者になり得る我が国の政治家や学者の数にも限りがありますし、国際機関での勤務経験のない政治家や学者を送り込むことには無理や限界もあります。国際機関で局長クラスのポストを経験した日本人職員から候補者を見出すのが現実的なアプローチですが、国連及びその専門機関で働く日本人の専門職以上の職員の数は千人に達しておらず、全体の3%程度にすぎません。したがって、国際機関で活躍する日本人を底辺から拡大していくことが喫緊の課題となっています。このウェブサイトをご覧頂いている方々の中から、国際機関で活躍される方、さらには国際機関のトップに到達する方が現れれば、無上の喜びです。


石井 久哉 いしい ひさや
1955年岐阜市生まれ。東京大学法学部を卒業後、東京海上火災保険(現東京海上日動火災保険)に入社。在勤中、イギリス、ドイツ、フランス、アメリカに計13年在住し、うち経済協力開発機構(OECD)本部で6年、国際通貨基金(IMF)本部で1年勤務。また、世界銀行の短期コンサルタントを2度務める。競争試験を経て59歳の時に国際連合監査部に監査役として採用され、東京海上日動火災保険を60歳の定年間際で退職。65歳の国連の定年までケニア、ヨルダンに常駐し、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の現地事務所の監査に監査チームのチーフとして従事。
英語、独語、仏語、中国語を理解する。国際機関等での著作多数。96ケ国を訪問した経験を有する。CFA協会認定証券アナリスト(CFA)、米国公認会計士(U.S.CPA)、公認内部監査人(CIA)。

 

 

 

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