ICBコラムVol.12:ライン川と武士道(常任幹事:小菅宏幸)
こんにちは。ICB事務局です。
アメリカの中間選挙が終わり、結果はトランプ大統領の所属する共和党の歴史的敗北となりました。トランプ政権によるドンロー主義が米国市民の生活を良くするどころか、却って悪くしたという評価が国民によって下されたと識者たちは解説しています。
アメリカ以外でも2026年は世界中で地政学リスクがニュースとなりました。ロシアによるウクライナ侵攻は4年を超え、フランスや北イタリアでは大規模なデモと暴動が起きています。中東や南シナ海の緊迫は現在も続きており、いたるところで文化摩擦が生じています。
国や文化の異なる人々が互いを理解するために、私たちは何を伝え、何を学ぶことができるでしょうか。その一つの試みとして、日本の伝統文化に親しみ、その精神を自らの言葉と行動で伝えることも、交流を深める一つのきっかけになります。
ICBコラムVol12
今回は公私に亘りドイツとの関わりを持ち、日本の精神文化である「武士道」をキーに日独の架け橋の一翼を担ってきた小菅常任幹事による、異文化交流に関するコラムです。
ライン川と武士道
ICB常任幹事 小菅宏幸
“Chivalry is a flower no less indigenous to the soil of Japan than its emblem, the cherry blossom.”
「武士道はその表徴たる桜花と同じく、日本の土地に固有の花である」
飛行機に乗ったことすらなかったハタチの春。神田の本屋で入手した新渡戸稲造先生の著書『武士道』の一説を基に、私は「世界で通用する武士になる」と誓約を立てました。
転機が訪れたのは数年後の2009年〜2010年でした。
産業革命以降、社会が成熟したヨーロッパを研究することは今後、同じ課題に直面する国・地域にとって有意義になるのではないかとの仮説を立て、留学を決心し、欧州最大の経済大国・ドイツを目指しました。滞在先はローマ時代の名残があり、数多の古城が聳え立つライン川とモーゼル川が合流するコブレンツの小さな街、ファレンダーでした。
留学前に「武士になるためには、剣法(居合・剣術等)を体得しなくてはならない」という衝動に駆られ、東京で入門しました。そのとき、師匠より「ドイツにも道場があるから通うと良い」と導かれ、偶然か必然か、武士としての修行はライン川河畔で始まりました。住居はライン川中流の島にあり、キャンパスとの間に大河が流れ、通学時は必ず橋を渡らなくてはなりません。ボンに繋がる下流を眺めながら、将来きっと何かが起こるだろうと予感しました。
時は流れて、就職後、2020年にベルリン駐在が内定し、再度ドイツを訪れることになりました。ところが同時にコロナ危機が始まり、瞬く間に世界中でヒトの交流が分断されました。このような究極の環境の中、2021年春ほぼ無人の羽田空港からドイツに渡航した際、「今こそ、剣法を使って社会をもっと発展させるべき時ではないか」と直感し、自ら師範として演武の機会を設けるべく、現地の産・官・学との渉外役を務める決意を固めました。
プロイセンの首都であり、かつ東西ドイツ再統一を果たしたベルリンの街並みは歴史が交錯し、「多様性」や「インクルーシブネス」を求めて世界中からヒトが集まり、底知れぬエネルギーによりエコシステムが形成されつつありました。
「ベルリンには武士道を現世に再活用するためのヒントが眠っている筈だ‥」との思いが強くなり、自分が取り得る具体的手段として、1985年に日独首相のイニシアティブで創設され、「知的出会いの場」として機能するベルリン日独センター(JDZB)が主催する古今東西の日本の伝統行事に通うことを決めました。
そこで衝撃を受けたのが、コロナ禍で突如誕生したSamurai Museum Berlin の存在です。 そこは、幕末から明治期に日本国外に渡ったと思われる無数の本物の刀や鎧、兜等が飾られ、日本史研究者の知見とヨーロッパのデジタル技術の組み合わせにより、徳川家を始めとする古のお宝が蘇るとても不思議な空間でした。さらには、古民家再生で日本でも有名なカール・ベンクス氏が建築された能の舞台や茶室も備え、和洋折衷が実現されているのです。
2026年の桃の節句にあたり、ベルリン日独センターで開催される雛祭りを機に、「ボンで開催されるシュタインマイヤー大統領主催の市民祭で、演武を披露出来ないか」とお声掛けを頂きました。
ボンこそは、国際連盟の事務次長を務められた新渡戸稲造先生が『武士道』を再発見した地であり、宿命としか云いようがありません。対象者はドイツ全土でボランティアに従事するドイツ人約2,500名。限られた30分の時の中で演武を通じて会場全体に何をインプットすべきかを半年間、徹底的に検証いたしました。
この機会に日本の「品」を紹介すべく、Samurai Museum Berlinと共同制作したプロモーション動画の投影を思い付きました。演武や稽古の様子に加え、武家茶道、会津鶴ヶ城、東西ドイツ再統一の地として知られるテルトーのテレビ朝日通り(注)に咲く満開の八重桜も盛り込んだ内容です。
愈々、市民祭初日。
私の出番は、シュタインマイヤー大統領ご夫妻による開幕式直後であると判明し、新調した羽織に家伝の「花菱」紋を刻み、拙いドイツ語で司会を務めながら日本を代表する覚悟で臨みました。デュッセルドルフの日本デーにおいて登壇経験がある、東京から参加した日本の師匠の演武から始め、同志たちと居合と剣術の形を披露しました。特設ステージから見えた景色は光り輝くオーラを纏った子供達の姿でした。
私たちから会場に向けて発した重要なメッセージは次の3つでした。
◯恥ずかしいことをしないこと
◯嘘を付かないこと
◯挨拶はしっかりすること
『武士道』で云う「名誉」「誠」「礼」です。
演武の様子はドイツ国外からも反応があり、武士道の知見が今でも、国際交流の場で共感を得ていることを実感しました。
現在、私はライン川上流のマインツでも次世代のサムライたちとの絆を深めつつあります。今後は逆にヨーロッパの騎士道でいう「ノブレス・オブリージュ」についても追究してまいります。
利根川や神田川沿いでの桜の季節を待望し、「月日は百代の過客にして 行き交う年もまた旅人なり」との言葉を思い出しながら、大河の流れに従って何事も焦らずコツコツと積み重ね、精進を続ける所存です。
(注)ドイツ・ベルリン郊外のテルトー(Teltow)にある「テレビ朝日さくら平和通り(TVAsahi-Kirschblütenallee)」は、かつてのベルリンの壁の跡地(約4kmの区間)に、テレビ朝日が呼びかけて集まった寄付金などにより、約1,000本の桜が植樹された平和の象徴の通りです。(注)ドイツ・ベルリン郊外のテルトー(Teltow)にある「テレビ朝日さくら平和通り(TVAsahi-Kirschblütenallee)」は、かつてのベルリンの壁の跡地(約4kmの区間)に、テレビ朝日が呼びかけて集まった寄付金などにより、約1,000本の桜が植樹された平和の象徴の通りです。
Samurai Museum Berlinとの協業
https://m.youtube.com/watch?v=XmiUIKXOYoQ&ra=m
市民祭 演武
https://m.youtube.com/watch?v=EOsioMO_CFc&pp=0gcJCbgCo7VqN5tD&ra=m


